アンティークメダイとアンティーククロス(十字架)の専門店アンティークジュエリー・マリア。

アンティークメダイ、アンティーククロス(十字架)、アンティークロザリオなどには、 時代を経ても朽ちること無く人々に‘美しさ’‘安らぎ’‘癒し’を感じさせるものが沢山ございます。 それら丹精を込め制作されたアンティークメダイ、アンティーククロス、アンティークロザリオなどは 絵画や彫刻などの純粋芸術にも値する、造形的な価値があるものと考えております。
アンティークジュエリー・マリアでは、既存のジュエリーやアクセサリーなどの価値基準に捉われること無く、 “心に感動を与える”アンティーク、ヴィンテージアイテムのご提供に努めております。
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ホーム聖マリアのアンティークメダイ【参考動画・画像有り】【極美形】【希少】《1900年代初頭製》フランス アンティーク 聖母マリア LYON A MARIE(リヨンをマリアに捧ぐ)フルヴィエール大聖堂 メダイ著名彫刻家 PENIN作 23×37mm
商品詳細

【参考動画・画像有り】【極美形】【希少】《1900年代初頭製》フランス アンティーク 聖母マリア LYON A MARIE(リヨンをマリアに捧ぐ)フルヴィエール大聖堂 メダイ著名彫刻家 PENIN作 23×37mm[m6533]

販売価格: 14,980円 (税込)
数量:
【極美形】【希少】《1900年代初頭製》
フランス アンティーク
聖母マリア LYON A MARIE(リヨンをマリアに捧ぐ)フルヴィエール大聖堂 メダイ
著名彫刻家 PENIN作
23×37mm

フランス リヨンのフルヴィエール・ノートルダム大聖堂を背景に聖母マリア(無原罪の御宿り)が
フランス著名彫刻家PENINにより描かれてアンティークメダイです。
この聖母マリア(無原罪の御宿りは、フルヴィエール大聖堂の最上部に金色の聖母マリア像を図像かしたもの。
(※下のリンク参考動画“リヨンのフルヴィエール・ノートルダム大聖堂”の中に聖母マリア像を確認できます。)

聖母マリア(無原罪の御宿り)の足もとのライオンは、フランス LYON(リオン)の象徴です。
フランス語では同じ発音のライオンLionとリヨンLyonからきたものとされています。

《1900年代初頭製》フランス著名彫刻家 PENIN作のメダイ。
優美かつ精緻に構成されメダイは、歴史に残る秀作メダイの一つと言って過言ではないアンティーク品です。

PENINのサインが前面右下に確認できます。

メダイには、製造当時オリジナルののリボンとピンが付いています。

材質:SILVER(銀)または、SILVER PLATED(合金の上に銀加工)
サイズ:左右23ミリ、上下37ミリ(リボン部を除く)
重さ:8グラム

■フルヴィエール大聖堂( Basilique Notre-Dame de Fourvière ):
フルヴィエールのノートルダム大聖堂、あるいはフルヴィエール大聖堂( Basilique Notre-Dame de Fourvière )は、
フランス・リヨンのフルヴィエールの丘にあるバシリカ式教会堂。
献金により、1872年から1896年にかけて、街を見下ろす位置に建てられた。
パリのサクレ・クール寺院同様、1870年のリヨン・コミューンにおける、社会主義勢力に対するキリスト教勢力の勝利の象徴となっている。
ピエール・ボッサン Pierre Bossan による設計は、ロマネスク建築とビザンチン建築、2つの建築様式の特徴を備え、
当時としてはまれなことにゴシック建築様式は採用されなかった。
すばらしいモザイク、ステンドグラス、 及び使徒ヨハネのクリプトを特徴とする。 バシリカではガイドツアーも催行されており、
聖美術館 Museum of Sacred Art も含めると年間150万人の訪問客を迎える。
ボッサンによるバシリカの最初の設計は、1843年のペスト流行200年記念に続く1846年に遡ると思われる。 この時彼はパレルモにいた。
ノートルダム大聖堂が建つ土地は、かつてはトラヤヌスによる古代ローマのフォルム「フォルム・ウェトス forum vetus 」であり、その名前の由来となっている。
フルヴィエールの丘の頂上にバシリカは印象的にそびえたっており、リヨンの街のいたるところから眺めることができる。
結果的に、フルヴィエール大聖堂はリヨンの街の象徴となった。 バシリカは主要な塔4基、鐘楼1基を備え、最上部に金色の聖母マリア像を頂く。
特定の時間にはバシリカの北塔に上ることができ、そこにはリヨンの街とその郊外の眺望が180度開けている。
フルヴィエール大聖堂は実際には2つの教会からなり、1つの教会の上にもう1つの教会がある。
上側のサンクチュアリはたいへん装飾的であるが、一方下側は非常に簡素なデザインである。 フルヴィエールは聖母マリアに奉献されている。
1643年のペスト流行からリヨンの街が救われたことを感謝して小さな教会堂が建てられ、19世紀中ごろには200周年を記念して、金の聖母マリア像が捧げられた。
毎年12月8日(無原罪の聖母の祝日)、リヨンは街の救済を聖母マリアに感謝して街中にキャンドルをともし、これは「光の祭典 Fête des Lumières 」と呼ばれている。
普仏戦争では、プロイセンの軍隊はパリを陥落させ、リヨンに向かって南進していた。 教会で再び聖母マリアに祈りを捧げると、軍隊は停止し撤退していった。
勝利を祝してバシリカの建設が1872年に始まり、1884年に完成した。 内装の完成にはさらに時間を要し、最終的な完成は1964年になった。
1982年には、ラジオ・フルヴィエール( fr:Radios chrétiennes francophones の前身)のアンテナが塔に立てられている。
フルヴィエールのノートルダム大聖堂は、1998年、リヨン歴史地区の一部として、UNESCOの世界遺産に登録された。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)


※最後のが画像と動画とは、リヨンのフルヴィエール・ノートルダム大聖堂の参考情報です。
販売品には含まれておりません。


























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